相手を尊重する礼儀とは、「全部わかったと思わない」こと

見汐:違う言語を話すことをどう感じていますか? 私はほかの国の人と喋るときに、話す言語によって引き出される自分の資質の多面性に驚くというか、違いを感じることがあります。例えば韓国語の先生と互いに日本語で喋っている時は日本語の持つおおらかなイントネーション、優しいニュアンスなんですけど、その先生が母国語で友達と喋っているのを聞くと印象がガラッと変わるんですよね。書き言葉ではなく、実際に口語にすること、言語の在り方はその国の国民性が形成される要素のひとつなんだなというか、言語から見えてくるその国の特性があるんだと気づきました。
長谷川:あぁ、韓国語は破裂音が特徴的ですし。
見汐:それから、韓国の友人をみていても、竹を割ったような性格といいますか。気が強い人が多い気がして。人の顔色をうかがわない感じがすごく羨ましく思うんですよね。
長谷川:顔色うかがう場面もありますよ。あれだけ上下関係が厳しい国はないと思います。目上の人とお酒を飲むときは体をそむけて手で口を隠すようにして飲むマナーもありますし。兄さん姉さんを重んじる関西の芸人文化に近いものを感じますね。弟分がどんなに売れていても、兄さんが奢るみたいな。
だけど難しいのが、大概の日本人は仲良くなると勘違いして失敗しちゃうんですよね。距離感をつかめなくなる。だから、礼儀はやっぱり大切なんですよ。仲良くなってお互い裸になったからこそ礼儀を持たないといけない。「全部見たからいいだろう」じゃなくて、心を開いてすべて見せているような気持ちでちゃんとする。
見汐:親しくなったからこそ、なあなあにするなということですね。親しき仲にも礼儀ありですよね。
長谷川:僕自身も年下の人に対しても礼儀を大切にするし、逆に相手から「兄貴、そろそろ砕けてもいいんじゃないんですか」と言われたりもします。でもそれはあくまでも相手が判断することで、目上だからといってこっちがズカズカ踏み入っていいことではないんですよね。向こうがどこまでの許容があるのかはわからないから。そこの勘違いはあってはならないし、「全部わかったと思わない」ほうがいいということですね。
僕は30年韓国に住んでいるけど、いまだにわからないことだらけです。特に住みはじめた頃よりも後輩が増えて無責任になんてなれないし、そうなると簡単に韓国を語るなんて到底できないですよね。
見汐:それは、長谷川さんが韓国で暮らすにあたって「自分は日本人だ」というアイデンティティを持っているからなのかなと思います。
長谷川:そうかもしれないですね。韓国に住み続けるとなると、永住権を取得したり国籍を変えた方が生活はしやすいだろうとは思います。でも、そのうちのどの行動を取ったとしても、「日本人」がどこまでもついてくる。人間としては変わらないのだから、特にするべき行動はないんですよ。かといって「俺は日本人だ」と主張して生きているつもりもないですね。
見汐:真摯ですね。自分に対しても人に対しても平等というか。
長谷川:突き詰めると、相手がなにに傷つくかはわからないということなんですよね。
見汐:それは日本で暮らしていてもそうですね。音楽をやっていると言語は必要ないはずなのに、いちばん肝心なところを共有するには言語が必要だったりするわけで。
長谷川:まったくその通りですね。「音楽で国境を越える」なんて絶対有り得ないことで、言葉があってこそだと思ってます。そんな綺麗事じゃない。いい音楽を作ろうとするときほど、言葉は必要です。
見汐:本当にそうだと思います。だから音楽の仕事をする上でも極力嘘がないように、言葉を尽くそうと心がけています。
長谷川:こうして振り返って言えるのは、韓国に渡って音楽で生計を立てたことは、自分の欲望や立ち位置を知る上で決して遠回りではなかったということです。近道でもなかったですが。当初憧れていたアメリカやイギリスは今では遠い存在になってしまったけど、回り道したからこそ大好きなテレヴィジョンと対バンできてトム・ヴァーレインにも会えたし、オンリー・ワンズのピーター・ペレットも家に招待してくれて一緒にタイカレーを食べたり、そんな経験はあのときイギリスに行っていたらできなかったかもしれない。
トム・ヴァーレインの話で印象的なのが、テレヴィジョンが下北沢でライヴをやった日に、下北沢のカフェのテラスでトム・ヴァーレインとフレッド・スミスと一緒にコーヒーを飲む機会があって。僕が「久しぶり」と席に座った瞬間に、トム・ヴァーレインが開口一番、真空管の話を1時間くらいしはじめたんですよ。昨日会ったばかりみたいに。憧れの人のプライベートな人間性を知れたのがすごく嬉しかったですね。
見汐:最後に、ゲストのかたにいつもお聞きしていることがあります。今、長谷川さんのように自分を突き動かすなにか、きっかけがあって海外で暮らしていきたいと思っている人がいたら、なんて声を掛けてあげますか?
長谷川:「ちゃんとしろよ」ですかね。自分のペースで事が進むなんて、とんでもないぞと。「相手を大切にする」ということでもあります。その土地でどういう人に会うかも、その相手がどんな気持ちになるかもわからないから。その土地ごとの習慣や文化に優劣をつける前に、まず自分がちゃんとしろという。「向こうに住んだらお前が文化の代表なんだぞ」と。
韓国で暮らしはじめたばかりの頃、一緒に住んでいたキーボーディストの奴に「俺にとって兄さんが日本で、日本が兄さんです」と言われて、その言葉がすごく心に沁みたんですよね。それ以上の言葉はないと思いました。
見汐:あぁ……本当にそうですね。相手にとっては異国の習慣や文化と出会う最初の入り口になるわけですから。その入り口が悪印象だったらその国の印象も悪くなる。私も肝に銘じます。

対談を終えて
「知れば知るほど解らなくなる」ということを何事においても感じるんですが、長谷川さんと話していると「でも、知ろうとすることを止めさえしなければ、その先には自分で見つけた解釈を自分の言葉で伝える技量が芽生えるし、全体を俯瞰する眼差しを耕すことだってできる」のだと思いました。知ろうとすること、興味を持つことが何であれ、そこから自分を知ることに繋がり、世界を知ることにも繋がっていく。真に驕らない人の持つ強さや優しさに背中を叩かれ励まされるような時間でした。(見汐)
見汐麻衣 新刊情報

見汐麻衣『寿司日乗 2020▷2022東京』
本書は、見汐が自身のnoteに書き留めているライフログ『寿司日乗』の中から再編した2020年~2022年、3年間の日記集。平穏無事な毎日がコロナ禍によって一変し、突如東京の街も人も深閑とした面持ちで過ごす時間が増えた時期を、暮らしの圏内をぐるりと見渡しながら静かに綴った日々の記録が収められている。
デザイン・装画は音楽家、アートディレクター/グラフィックデザイナーとして活躍するBIOMANが担当。
著者:見汐麻衣
仕様:B6版 ZINE 280ページ
デザイン・装画:BIOMAN
編集:見汐麻衣・BIOMAN
価格:1,500円(税込)
発売日:2025年5月11日(日)
発売元:Lemon House Inc.
https://lemonhouse.official.ec/items/105276574
見汐麻衣 トークイベント情報

東京都渋谷区初台【Open Room】でルポライターの橋本倫史さんと見汐麻衣、今年新刊を出した二人のトークイベントを開催。
【EVENT INFO】
OPEN ROOMS【橋本倫史×見汐麻衣トークイベント】 「日常の記録〜書くこと、聞くこと、話すこと〜」
日時:2025年6月14日(土)
会場:Opem Room 〒151-0061 東京都渋谷区初台1-39-12 初台富士ハイライズ1F
時間:開場 17:00 / 開演 17:30
入場料:2,000円
出演:橋本倫史 / 見汐麻衣
主催:Lemon House Inc.
予約:https://peatix.com/event/4409736/view
PROFILE:見汐麻衣
シンガー/ ソングライター、文筆家
2001年バンド「埋火(うずみび)」にて活動を開始、2014年解散。2010年よりmmm(ミーマイモー)とのデュオAniss&Lacanca、2014年石原洋プロデュースによるソロプロジェクトMANNERSを始動、2017年にソロデビューアルバム『うそつきミシオ』を発売後、バンド「見汐麻衣with Goodfellas」名義でライブ/レコーディングを行う。
ギタリストとしてMO‘SOME TONEBENDER百々和宏ソロプロジェクト、百々和宏とテープエコーズ、石原洋with Friendsなど様々なライブ/レコーディングに参加。
また、CMナレーションや楽曲提供、エッセイ・コラム等の執筆も行う。2023年5月エッセイ集『もう一度猫と暮らしたい』(Lemon House Inc.)、2025年5月『寿司日乗 2020▷2022東京』(Lemon House Inc.)を発売。
■HP : https://mishiomai.tumblr.com/
■X : https://x.com/mishio_mai
■Instagram : https://www.instagram.com/mai_mishio
■note : https://note.com/19790821
■Bluesky : https://bsky.app/profile/maimishio.bsky.social
PROFILE:長谷川陽平
中・高卒業後、都内レコード屋でアルバイトをしながら音楽活動とレコード収集を本格的に始める。
1995年、韓国の音楽と出会い、レコードを掘りに度々渡韓をし始める。サヌリム、キム・チャンワン・バンド、トゥゴウン・カムジャ、デリスパイス等数々の韓国のバンドにギタリスト/プロデューサーとして参加。2009年よりチャン・ギハと顔たちに参加、リーダーのチャン・ギハと共同プロデュースによるセカンドアルバムは韓国大衆音楽賞で4部門受賞を成し遂げる。
DJとしてシンガポールやマレーシア、台湾等のパーティーにも参加、2015年に韓国の大規模ロックフェス、2016年には”Boiler Room”でワールドミュージックのヴァイナルオンリーセットでDJを行う。2015年頃からソウルにて自らオーガナイズする日韓シティポップを中心にかける“From Midnight TOKYO”は現在まで77回を数える。
2014年に著書”大韓ロック探訪記”(大石始:編著 ケイコ・K・オオイシ:写真)をDU booksから、2023年には韓国語によるシティポップのレコードガイドブック”Tokyo Record 100”をGimbab Recordsより刊行した。
■Instagram : https://www.instagram.com/lghopper_yohei
■X : https://x.com/lghopper_Yohei