必要なものは海と人間のあいだにある──踊ってばかりの国が渚にて見つけた“ライフハック”

踊ってばかりの国がおよそ3年ぶりに完成させたフル・アルバム『On the shore』 = 「渚にて」。すでにライヴでも披露されている“兄弟”“H2O”“ZION”に加え、バンド初期の楽曲、“ムカデは死んでも毒を吐く”のリアレンジver.など全10曲が収録されている。本作において地に足がついたマインドのもと音楽と向き合った結果、ロック・フォーマットから外れることを恐れずに実験的なアイデアが多く生まれたそうだ。タイトル・ソングの“On the shore”もその流れで誕生した。さまざまな模索を続けるなかでチームの信頼度も格段に上がったという。そんな新境地に立つ踊ってばかりの国がいま伝えたいこととはなんだろう。フロント・マンの下津光史を招き、本作の核へと迫った。
<必聴>現メンバーによる至極のサイケデリックが結実した最新作
INTERVIEW : 踊ってばかりの国(下津光史)

本作のテーマである海に意識を向けると、同時に浮かび上がってくるのは対になる街の存在だ。街は戦う場所であり、海は溜まった毒を流す場所だと下津は語る。都会の生活がすべてではないし、目にみえるものがすべてでもない。息がつまったときには海に逃げていい。そんな、雑踏に押しつぶされないための“ライフハック”を本作で提示している。なんて頼もしいんだろう。いまの踊ってばかりの国は凪いだ大海原のようにひらけている。
インタヴュー : 飯田仁一郎
文 : 石川幸穂
写真 : 大橋祐希
自然のなかでしか気づけないことが確実にある
──ジャケットに写っているのは、誰ですか?
僕の娘で、『君のために生きていくね』(2018年)のジャケットも撮ってくれた写真家の大久保ミケさんが撮ってくれたんですよ。早朝5時から伊豆の大浜で撮影しました。僕の写真も撮ってみたんですけど、「おっさんやな」って(笑)。これは希望に欠けるぞと。大人よりも子供のほうが希望がありますよね。
──アルバム全体のトーンともリンクしているように感じました。
ジャケットはアルバムを象徴するものであって欲しいと思ってますね。メンバーのマインドもこの色味に近かったんじゃないかな。カラフルなサイケデリックではなくて、ひとつひとつコツコツとみんなで作りあげるそんな色味です。
──どのようなバンドのマインドでしたか?
各々の守るものが増えて、地に足をつけて音楽をするようになりました。前作の『moana』(2021年)ではサイケデリックな方向に向いていた精神面が、自分たちのインナー・マインドに向きましたね。世界と自分たちの生活の距離を捉えて、音にしました。
──地に足がついたんですね。
状況が日々変わっていくなかで心がふわふわしていたらバンドにも影響するので、ひとりひとりが精神面の健康に気を遣うようになりました。いままでいちばん無視していたことですね(笑)。あと、ロック・フォーマットから外れてもいいから、いままで誰もやってないようなことに挑戦してみたくて。地に足をつけながら実験するマインドですね。そこにマイナスな要素はなくて、「あかんかったらまた次」ということを摩擦なくできるようになっている実感があります。
──バンドにはどのような変化がありましたか?
今回は8ビートの曲がほとんどないんです。ドラムのタイキ(坂本大季)が自分の叩きたいビートを貫くようになったんですよ。リズムの変化で曲の表情が変わっていくことを再確認して、実験的なことが多く生まれました。タイキはバンドに必要不可欠な神経質さを保ってくれていますね。いままでは弟みたいな感覚でしたが、信頼度がますます上がっています。
──ほかのメンバーはどうでしょうか?
丸山康太(Gt.)という人間は日々変化していますね。自身のフォーマットのなかで変化していくタイプ。谷山さん(谷山竜志)(Ba.)はいつも同じ表情で笑っていて、動じない人ですね。なので、坂本さんと丸山さんの波を掴むのが曲作りにおいて重要なんです。そのふたりが納得できたらすべてが動きだすことが多いです。
──変化を与えてくれるのが丸山さんと坂本さんなんですね。
僕の脳みそだけで楽しくやっちゃっていたら海辺のレゲエ・バンドみたいになるけど、ふたりがそれを許さないので。いつも新しいことをもたらしてくれますね。僕の意見を押し切らずに妥協したほうが、いろんな意見が出てきて楽しいことに最近気づいて。いいバンド状態ですね。

──なるほど。アルバムにおけるテーマはありますか?
都会で暮らす人に向けて「海に逃げてもいいんやで」というのがテーマにありますね。東京で生活しているバンドが「渚にて」をテーマにするのはなんか変だなと思うんですけど、海や自然のなかでしか気づけないことって確実にあって。その気づきは人間が生きていく上で必要なことだと思うんですよね。海と人間のあいだにあるものを街での生活に役立たせたいんです。エスケーピズムではあるけど、ライフハックに近いです。
──なるほど。サウンド面にも海の要素がうまく出ていましたね。
メンバー4人は、僕が歌詞にした情景を音にするのが本当にうまいんです。丸ちゃん(丸山)が特にそのセンサーが鋭くて、仁(大久保仁)(Gt.)もすごくハマる音色をつけてくれます。前提として、下津という人間のことを理解してくれているんですよ。で、その下津が観た景色をみんなが想像して音にしてくれています。継続してきたことが力になっている感じですね。
──レコーディングは前作と同じ伊豆スタジオでされていますね。
シングルやミニ・アルバムは単体での突き刺さるようなインパクトを出したくて、GOK SOUNDの近藤さん(近藤祥昭)に録ってもらっているんですけど、アルバムは同じ目線で作業してくれるという点で、伊豆スタジオの濱野さん(濱野泰政)にお願いしています。濱野さんはああだこうだとディスカッションをしながら一緒になって作品を作ってくれる人ですね。
