大人って、何かを背負った時になるのかもしれない
山下:『苦役列車』は『マイ・バック・ページ』の反動でもあるんだけど、作品のテイストも真逆だったよね。自分の感覚だけで作ろうとしたし、向井と近藤という補助輪を意識的に外そうとした。少し話がそれるけど、コロナ禍で自分の作品を本にまとめようとしてて。デビューから書いてるんだけど、『マイ・バック・ページ』までは自分と作品と社会が入り乱れてて、読みごたえがあるんだよね。でも『苦役列車』から『オーバー・フェンス』(*17)くらいまでは書くことがなくてすごくつまらなくて。
見汐:自分を客観的にみて40代に突入して「お前、つまんねぇ奴になってんじゃねぇよ! 」という、自分を鼓舞しながら、色々な出来事にも折り合いをつけながらやっていかないといけないと腹を括ったということなんでしょうか。
山下:自分では線を引いてないし、自覚もしてないんだけど、『苦役列車』以降は、それまでの葛藤とかに疲れたというのもある。監督として独り立ちして、「集まったメンバーでやれることをやる」って思うようになったのかもしれない。
見汐:意識的にか無意識か解らないですけど、良かれ悪かれ鈍感になっていく部分も必要で、ネガティヴな意味合いはなくて、敢えて鈍くなることで本領を際立たせることが出来る場合もあるのかな……。大人ってなるものじゃなくて、なっていくものなんですかね。
山下:そうね。俺の場合は「監督」になった瞬間が大人になったときなのかな。あえて線を引くなら『マイ・バック・ページ』と『苦役列車』の間な気がする。大人って何かを背負った時になるのかもしれないよね。それは自分だけでは決められないとも思う。20歳で自主映画撮って、「映画監督です」って名乗っても、大人になったとは言えない気がしてて。周りが決めたり、後から気づくものなのかなと。

見汐:そうですね。山下さんは、2010年代にも映画を撮っていない時期がありますよね。『ハード・コア』(2018年)(*18)以降の5年間。コロナ禍の時期とも重なりますけど自分にとって稼働しない時期が必要なのかなと勝手に思っていました。
山下:『ハード・コア』は何十年ぶりに自分から企画したものだから、カッコよくいうと燃え尽き症候群みたいになって。その後『コタキ兄弟と四苦八苦』(2020年)(*19)ってドラマはやるんだけど、映画はなかなかやる気になれず、そしたらコロナ禍になっちゃった。でもその5年は自分をすごく振り返ったね。
見汐:この時期辺りから山下さんと頻繁に酒場で会うようになりました(笑)。
山下:そうだね、見汐さんといちばん飲んだ時期だった(笑)。余裕な顔してたけど、いちばん焦ってたかも。
見汐:コロナ禍の間はみんな大変だったと思います。私も鬱積して酒の量が増えいたという。
山下:ミュージシャンはしんどいだろうなと思ってた。発散できないし。最近酒の量が減ったなと思うのは、コロナ禍で飲み過ぎてたからかな(笑)。最近飲めない。老いもあるけど、今ほとんど仕事してないから。
見汐:それなりに毎日忙しい方がものごとは濾過されやすいんですよね。常に軽くジョギングしている状態をキープしている方が全力で走らないといけない時が突然きてもそんなにしんどくないといいますか。
山下:何か仕事が入ったり、人と会ったりして少しストレスがあった方が、酒飲んだときにちょうどいいんだよね。何にもしてない状態でお酒飲むとすぐ頭痛くなっちゃう。
見汐:私も適度な圧とストレスがあった方が調子がいいです。この対談を読んでくださっている方の中には今現在20代を過ごしながら逡巡している方がいたり、映画関係の仕事に携わりたいと思っている方がいらっしゃるかもしれないなとふと思ったんですが、山下さんだったら何て声をかけてあげますか?
山下:あのときって大人の話なんて聞いてなかったじゃない? 大学時代は先生なんて馬鹿にしてたしさ。でも卒業して映画撮るようになってから先生の話がわかるようになるんだよね。うちの先生が言ってたのは、「映画を作ったことない人に映画を教えるのはすごく難しい、でも1本作ったら俺が言っている意味がわかる」ということで。映画も音楽もこれという答えがあるわけじゃないからね。
見汐:はい、すごくわかります。経験していく中でしか解らないことがありますよね。投げかけて頂いた言葉が腑に落ちる、理屈じゃなく理解するまでに時間を要することは多いと思います。時間がかかるものだとも思いますし。
山下:でも、ものを自主的に作る人は自分が作りたいから作ってるわけで、自分の全部が出ることになるよね。最初は絶対恥をかくけど、それを恐れないでほしい。一回パンツ脱ぐと病みつきになるから(笑)。脱いだと思ったパンツが実はもう一枚履いていたなんてこともあるし、映画ではみんなで脱ぐこともできるし、人に「脱がせて」って言うこともできる。とにかくやってみて欲しいかな。

【注釈】
*1 『どんてん生活』 : 1999年 山下敦弘初の長編作品 主演・山本浩司、共同脚本・向井康介、撮影・近藤龍人
*2 『リンダ リンダ リンダ』 : 2005年 青春バンド・ムービー 監督・山下敦弘、脚本・向井康介 〈第1回日本映画エンジェル大賞〉受賞
*3 埋火(うずみび) : 2001年結成、2014年解散 見汐麻衣(Vo./Gt.)と志賀加奈子(Dr.)を中心に結成されたサイケ・フォーク・ロック・バンド サポート・メンバーには須原敬三(Ba.)
*4 向井康介 : 脚本家 大阪芸術大学在学中に山下敦弘と知り合い、共同で脚本を書き始める 山下敦弘とのコンビで『どんてん生活』(1999年)、『ばかのハコ船』(2003年)、『リアリズムの宿』(2004年)を制作 『ある男』で〈日本アカデミー賞最優秀脚本賞〉を受賞
*5 熊切和嘉 : 映画監督 『鬼畜大宴会』(1997年)、『私の男』(2014年)、『658km、陽子の旅』(2022年)ほか
*6 『鬼畜大宴会』 : 1997年 熊切和嘉のデビュー作 〈第20回ぴあフィルムフェスティバル〉準グランプリ受賞
*7 『ばかのハコ船』 : 2003年 監督・山下敦弘、脚本・向井康介、山下敦弘、撮影・近藤龍人
*8 『リアリズムの宿』 : 2004年 監督・山下敦弘、脚本・向井康介、山下敦弘、撮影・近藤龍人、原作・つげ義春
*9 『天然コケッコー』 : 2007年 監督・山下敦弘、脚本・山下敦弘、渡辺あや、撮影・近藤龍人、原作・くらもちふさこ
*10 「東京シャッフル」 : 1989年 サザンオールスターズ19作目のシングル 〈タイシタレーベル〉よりリリース
*11 『松ヶ根乱射事件』 : 2006年 監督・山下敦弘、脚本・向井康介、山下敦弘
*12 渡辺あや : 脚本家 『ジョゼと虎と魚たち』(2003年)でデビュー 『天然コケッコー』で山下敦弘と共同で脚本を執筆『カーネーション』(2011年)、『エルピス-希望、あるいは災い-』(2022年)ほか
*13 『マイ・バック・ページ』 : 2011年 原作は、評論家・川本三郎が『週刊朝日』および『朝日ジャーナル』にて行った取材の回想録 監督・山下敦弘、脚本・向井康介、撮影・近藤龍人
*14 近藤龍人 : 映画カメラマン 大阪芸術大学在学時に熊切和嘉の映画『鬼畜大宴会』の制作に参加 山下作品にも多数参加
*15 『29』 : 1995年 奥田民生ファースト・ソロ・アルバム 〈Sony Records〉よりリリース
*16 『苦役列車』 : 2012年 監督・山下敦弘、脚本・いまおかしんじ、原作・西村賢太
*17 『オーバー・フェンス』 : 2016年 監督・山下敦弘、脚本・高田亮、原作・佐藤泰志
*18 『ハード・コア』 : 2018年 監督・山下敦弘、脚本・向井康介、原作コミック『ハード・コア 平成地獄ブラザーズ』(作・狩撫麻礼、画・いましろたかし)
*19 『コタキ兄弟と四苦八苦』 : 2020年 監督・山下敦弘、脚本・野木亜紀子
対談を終えて
普段は酒場でお会いすることが多く、いろんな方と分け隔てなく誠実に接していらっしゃる山下さんの放つ佇まいは作品と同様におかしみや哀しみ、ユーモアを含む独特な雰囲気があり、いつかその根源を改めて伺ってみたいと思っていた矢先、第一回目のゲストにお迎えすることができて光栄です。対談中、山下さんが話されていた「大人への補助輪が付いている感じだった」という発言は相手を信頼するからこそ出てくる言葉なのかなと思い、印象に残っています。(見汐)
PROFILE:見汐麻衣
シンガー / ソングライター
2001年バンド「埋火(うずみび)」にて活動を開始、2014年解散。2010年よりmmm(ミーマイモー )とのデュオAniss&Lacanca、 2014年石原洋プロデュースによるソロプロジェクトMANNERSを始動、2017年にソロデビューアルバム『うそつきミシオ』を発売後、バンド「見汐麻衣 with Goodfellas」名義でライブ/レコーディングを行う。
ギタリストとしてMO'SOME TONEBENDER百々和宏ソロプロジェクト、百々和宏とテープエコーズ、石原洋with Friendsなど様々なライブ/レコーディングに参加。また、CMナレーションや楽曲提供、エッセイ・コラム等の執筆も行う。2023年5月、初のエッセイ集『もう一度 猫と暮らしたい』(Lemon House Inc.)を発売。
■HP : https://mishiomai.tumblr.com/
■X(Twitter): https://x.com/mishio_mai
■Instagram : https://www.instagram.com/mai_mishio
■note : https://note.com/19790821
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PROFILE:山下敦弘
1976年生まれ、愛知県出身。大阪芸術大学卒。『どんてん生活』(99)、『ばかのハコ船』(03)、『リアリズムの宿』(04)と“ダメ男三部作”をとっかかりに05年『リンダ リンダ リンダ』がスマッシュヒットを飛ばし、続く『天然コケッコー』(07)では第32回報知映画賞監督賞、第62回毎日映画コンクール日本映画優秀賞などを受賞。その他、映画作品に『マイ・バック・ページ』(11)、森山未來主演『苦役列車』(12)、『もらとりあむタマ子』(13)、『味園ユニバース』(15)、『オーバー・フェンス』(16)とキャリアを順調に積み重ね、作家性と娯楽性とを兼ね備えた作風を確立してゆく。『ハード・コア』(18)では第69回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。
その後も、宮藤官九郎脚本『1秒先の彼』(23)や野木亜紀子脚本による『カラオケ行こ!』(24)を制作し、久野遥子監督との共作による『化け猫あんずちゃん』(24)で初の長編アニメーションに挑戦した。
■X(Twitter): https://x.com/tggwcy744ax4rgj
見汐麻衣のライヴ情報

Mai Mishio with Goodfellas
浮と港
日時 : 2024年11月30日(土)
会場 : 八丁堀 七針
時間 : 開場 18:30 / 開演 19:00
料金 : 前売予約 3,500円 / 当日 4,000円
出演 : Mai Mishio with Goodfellas / 浮と港
予約 : https://ftftftf.com/#1130
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