無名の君と僕がこれからの時代を変えなければいけない
──ええ。その点では、過去のTHE COLLECTORSのどの反戦、社会批判メッセージのある作品とも異なりますね。例えば、非常にアイロニカルな“ワンコインT”という曲は、その点でどのような視座によって作られた曲になりますか。
加藤:500円で買えるTシャツって、どういうお金の流れになっているの? って感じでしょう? 実際、本当に微々たるお金しかもらえない生産者がいて、それが現実であって。それを考えると何とも複雑な気持ちになるんだけど、でもやっぱり、そういう仕組みが世の中を牛耳ってるっていうことをまず知るっていうことから始めないといけないと思う。それで言えば、電気自動車とかはいちばんいい例。電気自動車に乗ってる人は、排気ガスが出ないから、ものすごく地球にいいことをしてると思ってるはずなんだけど、でも充電している電気が地球を汚している火力発電所で作られてるがわかったときに、結構愕然とすると思うんだ。普通のガソリンエンジンで走ってる車よりも実は環境に悪いって。電気自動車を充電するための電気を作るのは発電所だから。そうやって考えていくようになる人が増えていけば、安易にこれは地球にやさしいから大丈夫なんてことを思わず、自分の判断ができるんじゃないかな。要は、昔は白黒つけるっていうのがもっと明快だったんだよね。ロシアとウクライナの関係については圧倒的にそりゃロシアが悪いにしても、お前どっちにつくんだ? 俺はこっちだ、こっちに乗っかっとけばいい思いができる、みたいな感覚ともちょっと違ってきてるわけ。自分たちがウルトラマンを見ていたときのあの時代の、わかりやすい勧善懲悪っていうのが成立しなくなっているからね。だってお互いの言い分が正義だから。
──そういうどこか醒めたような本質的な気づきが、今回のアルバムをとても重くさせているように思います。
加藤:うん、重いよね。楽天的な部分っていうのがほぼない。確かにロックンロールだぜ的な感じのパッションは演奏にはあるかもしれないけど、作風にはほぼない。ただただ、本当に無我夢中にロックンロールだぜって言ってたのが、もう全然違う形になってきてる。実は一つポイントがあって。去年ビートルズの赤盤と青盤が再発されたでしょ。あれを改めて聴き比べてみて、やっぱりビートルズは赤盤の方がいいなと思ったの。で、実際に今の世の中暗い話ばっかりだから、赤盤みたいに明るいロックンロールを書きたいなって思って“Hold Me Baby”とか“シルバーヘッドフォン”みたいな曲を作ったんだけど、歌詞となると、どうしてもそんなに明るいものにはできなくて。世の中はこれだけ混乱してるともうとてもそういう気持ちでいられなくなったの。それで、歌詞がどんどん重くなっていって……“ガベル”みたいな曲はそういう気持ちの変化でうまれたもので。
──あの曲の歌詞には具体的なアーティストの名前が出てきますよね。モーターヘッドのレミー、トーキング・ヘッズのティナ(・ウェイマス)、ジョンとヨーコ、ボブ(・ゲルドフ)にマイケル(・ジャクソン)……特にディランに対しては「プロテストソングが流れてる/あぁ歌いたいよ/最高なんだディラン」と結構ストレートに讃えているのが印象的です。
加藤:うん、例えばシルバーヘッドも戦争ない世界のことを歌ってるし、ジョンとヨーコはもちろんだけど、マイケルもそうだった。トーキング・ヘッズは、まあ、“ヘッズ”“ヘッド”つながりで(笑)、そして、おそらくそれを最初にロックとかの領域で歌にしたのがボブ・ディランだと思うの。ビートルズもそれに影響されたと思うし、だからこの曲の最後はやっぱりディランで締めたいなっていうのがあったの。でもさ、80年代だったらバンド・エイドのボブ・ゲルドフとかもそうだったけど、音楽を通じてこれまで地球を、世界を救おうとした人たちがちゃんといたわけじゃん。でも、今はもうそういう誰かにお願いするんじゃなくて、君と僕がささやかな抵抗をしていくだけでもいいというか、そこからしか始まらないというかさ。すごく知られた人ではなく、無名の君と僕がこれからの時代を変えなければいけないって気持ちがある。この曲にはそういう思いも込められているの。いたずらに戦争反対するのではなく……もちろん戦場に薬を届けたり、医療用品を届けたりするのも大事なことなんだけど、ミサイルを作っている企業にお金が流れないようなことを、僕らが一人一人しなければいけないっていう。

──“シルバーヘッドフォン”には「大統領が別に誰でも気にしないさ」という歌詞も出てきます。正直驚きました。昔の加藤さんだったら旗振ってカマラ・ハリスを応援してたでしょう? でも、今はそういう表現はしない。あの歌詞は、大統領が誰でも結局やることは一つ、僕ら一人一人がお金の流れを気にしながら行動すること、という逆説的なメッセージなんですね。
加藤:そうそう。今、もうケネディみたいな人が出てきても多分世界は良くならない。結局誰が(大統領に)なっても動かない力がある。見えない力がある。そこに向けての行動が変わってきたってことが、このアルバムの大きなポイントかもしれないね。
──ある種の諦観もありますか。
加藤:あるのかなあ。自分がロックンロールを楽しめるようなことにしたいなってちょっと思ったときに、やっぱり最初に聴いたビートルズのあの感じとか、あのエネルギーがほとばしる感じとか、あれが今どの音楽を聴いても感じられない自分がいて。だからこそ、逆にもう本当に能天気なロックンロールを歌いたかった。プロテスト・ソングを歌ったところで世の中変わらないし変わらなかったし、もうそういった作業もやりたくなかった。その代わりに、“ツイスト・アンド・シャウト”とか歌いたかったんですよ。ただ、そうやって現実逃避して楽しいアルバムを作りたいとは思ったんだけど、とてもじゃないけど無理だって思って。やっぱり自分はそれを楽しめるような状況じゃない。そういう気持ちがこのアルバムにはあるから、だから少し重い内容になったのかなとは思う。だってもう誰にも託せないもん。
──逆に言えば、加藤さん自身も誰かに託されたくないですか。例えばロックンロールの未来をTHE COLLECTORSに託されても……というような思いがあったりしますか。
加藤:もちろん。俺も自分がウッドストックみたいなフェスをやろうなんてことはまずサラサラ考えてないし。そこに集まるっていうことも意味があるのかもしれないけど、やっぱり個人が考え方として、今何をやるべきなのかの意識を自分の中で芽生えさせない限り変わらないと思うし。そのきっかけとしてフェスがあったり、リーダーが必要なんだろうなとは思うんだけど、でもやっぱ今はそういうことじゃないなって。俺は自分が感じることを今歌って、それにピンとくる人がそうなんだって気づいてくれればいいぐらいにしか思ってないかな。でも、今必要なのは絶対に一人一人のそういう気持ちだと思う。誰かに託し、託されるのではなく、ね。

──かつて加藤さんは“おねがいホーキング博士”という曲を作っています。“お願いマーシー”という曲もあります。もっとわかりやすい象徴的な曲としてはなんといっても“世界を止めて”があります。誰かにお願いする、止めてもらう、なんとかしてもらう、というアングルが、加藤さんの書く詩に、ある種のファンタジーをもたらしてきたと思うのですが、それは自分の存在の小ささを自覚するようなニュアンスも孕んでいました。ただ、最近の加藤さんはそういう「小さな存在の自分がまずやるべきこと」を一つ一つ説くようになったように感じます。
加藤:それはほんとにそう。そもそもが全知全能の神が人類を、宇宙を作ったなんて大嘘なわけだよね。大体宗教の最初ってそこで始まるからね。宗教なんてそもそもがナンセンス、みたいなところから対立して今だって戦争があったりする。以前は、それがホーキング博士の説によって、それが終わるんじゃないかなと思ったし、だから博士に託したんだけどね。でも、もう、今のアメリカ人を見りゃわかるんだけど、もう地球が丸いってこともわかってないんじゃないの? って思えるような感じになってしまってる。そんな現在を見たらさ、もう誰かに託すなんてことは違うよ! ってなる。
──一人の小さな人間としてむしろ強くなったということですね。
加藤:そうだね。