Mal 『In Free Fall』
LAのシンガーソングライターだということ以外は現状あまり情報がわからないアーティストなのだが、その初EPが良作だ。ポロンポロンと爪弾かれるアコースティックギター(ガットギターを使っている曲もある)は、戦前ブルースやカントリーを思わせるタッチで、「Night」という曲のギターのフレーズやリズムにはカリプソのような趣きも。ノイズや倍音をそのまま残したギターのサウンドがストリングスやラップスティール、ピアノ、パーカッションや手拍子と絡み合いながら、フォークとアンビエントの間をたゆたっているような音楽性。素朴でありながらも新しい感触があり、ジョン・フェイヒィなどが引き合いに出されることが多かった、昨年のエイドリアン・レンカーのソロ作『songs』とも共振する作品のようにも思える。こうしたアコースティックな音色を、伴奏としてではなく音響として作品のメインとして聴かせるようなギター・ミュージックが今、うっすらと新しい潮流を形作りはじめている……のだろうか?
Madeline Kenney 『Summer Quarter』
昨年出たアルバムもこの「REVIEWS」で取り上げたのだが、またこのマデリーン・ケニーの作品をピックアップさせてもらいたい。今作は前作アルバム『Sucker’s Lunch』のリリース後、コロナ禍によりツアーが中止となった期間を活用して、オークランドの自宅の地下室を使って宅録されたというEPで、初のセルフ・プロデュース作。ワイ・オークのジェン・ワスナーがプロデュースした前作のテイストをうまく自分の糧としたようで、リヴァーブを効かせた夢見心地な空気感と、突き抜けるようにクリアで伸びやかな音作りの両立が、彼女の楽曲のトレードマークとして今作でもきちんと確立されている。反面、宅録ということもあってかローファイなギター・サウンドが見え隠れしたり、「Wasted Time」という曲にはランダムなサウンドエフェクトや、チープなシンセサウンドがアジアン・テイストのメロディを奏でたりと、キャリア初期のプロデューサーであるトロ・イ・モアから受け取ったエッセンスも垣間見せる点もまた面白いところだ。
Arlo Parks『Collapsed In Sunbeams』
ウェスト・ロンドン出身のシンガーソングライター、待望のデビューアルバム。デビュー前からGucciのプロモーション・ドラマに出演してもいる大型新人だが、音楽を作り始めたのはごく最近のことだそう。それまでは詩を自作していたらしく、そこにビートをつけ始めたのが彼女のミュージシャンとしての第一歩だ。ポエトリー・リーディングからアルバムが始まったりと、彼女にとっては詩と音楽はシームレスにつながっているのだろう。音楽性はというと、ネオ・ソウル風味の単調なベッドルーム・ポップと片付けることなかれ、それは表層的な聴き方だろう。細やかにレイヤードされたユーフォリックなウワモノのサウンドと、ポーティスヘッドに影響されたというドライなビートの組み合わせは実に新鮮だ。また、日常の体験を詩的な筆致で書き落とした日記のようなリリックや、それを歌う軽やかで温かなソプラノ・ヴォイスで聴く者の心のやわらかな部分をさっと掴んでしまうところも、彼女の才能。そうした親密さこそ、今多くの人が求めているものではないだろうか。
The Weather Station 『Ignorance』
カナダ・トロント出身の女優兼シンガーソングライターのタマラ・リンデマンによるプロジェクトの4年ぶり4枚目のアルバム。前作は、ニール・ヤングをそのまま思わせるフレーズも飛び出す、カナダのSSWらしい正統派のインディー・フォーク作であったが、今作でガラリと作風が変わった。ギターに比重が置かれていたソングライティングは、ストリングスやピアノ、サックスなどに大胆に肉付けされ、気だるげに囁くようなヴォーカルをより流麗で跳躍力のあるものへと変化させている。また、変化という点で注目したいのがリズムの部分で、冒頭の「Robber」や「Atlantic」は理知的かつファンキーなビートは80年代のポストパンクのようだし(特にこの2曲の流れはトーキング・ヘッズ『リメイン・イン・ライト』の冒頭2曲の流れとなんとなく似ている)、後半の「Heart」に登場する四つ打ちも新鮮だ。理性とエモーションのせめぎ合う様は、今作のテーマである気候変動に相対する、人間の焦燥と欺瞞と無力感を体現しているかのようでもある。