平成生まれの奇才SSW、折坂悠太の「さびしさ」を読み解く──「岡村詩野音楽ライター講座」より合評

ルーツ・ミュージックに新しい風を吹き込み、宇多田ヒカルや後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)、小山田壮平(AL、ex : andymori)をはじめとしたミュージシャンから、その才能を賞賛される平成元年生まれのシンガー・ソングライター、折坂悠太。全国23箇所をまわる〈弾き語り投げ銭ツアー〉や、〈FUJI ROCK FESTIVAL〉や〈RISING SUN ROCK FESTIVAL in EZO〉を経て、日本全国にその存在を知らしめた折坂が『平成』と名付けられたアルバムをリリース。今回OTOTOYでは今作収録「さびしさ」に注目したレヴューをお届け。オトトイの学校にて開催中の岡村詩野音楽ライター講座の講座生が執筆した原稿から5本をピックアップして掲載します。5人それぞれの視点で見た「さびしさ」をぜひお楽しみください。
平成最後の年にリリースされる大注目作
折坂悠太 / 平成
【収録曲】
1. 坂道
2. 逢引
3. 平成
4. 揺れる
5. 旋毛からつま先
6. みーちゃん
7. 丑の刻ごうごう
8. 夜学
9. take 13
10. さびしさ
11. 光
折坂悠太/平成折坂悠太/平成
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Gotchが創設した新人賞「Apple Vinegar Award」も受賞の注目作!
REVIEW : 折坂悠太「さびしさ」(『平成』収録)
>>> 『平成の生んださみしさに、さよなら』(Text by 高久大輝)
>>> 『時代性のない音楽が最後の平成に現れる意義』(Text by 三浦智文)
>>> 『時代が明けるときに気づく』(Text by 加藤孔紀)
>>> 『時代の狭間、私達のさびしさの正体は』 (Text by 井草七海)
>>> 『五里霧中の時代を生きる“さびしさ”』(Text by 青柳一也)
平成の生んださみしさに、さよなら(Text by 高久大輝)
「いつか教科書に載る音楽を作りたい」。
独自の歌唱方や素朴でクールな出で立ちでも注目を集める東京のシンガー・ソングライター、折坂悠太の最新作『平成』に収録される「さびしさ」を聴けば、過去にインタビューで語ったその言葉の意味がわかるはずだ。
ミドルテンポの三拍子に乗る、キラキラとしたマンドリンの音色や様々な打楽器は、華やかだがどこか切なく、美しく紡がれた日本語詞と結びつき、心のどこかにある寂しさへと迫ってゆく。中でも特筆すべきはその歌声だろう。これまでの楽曲ではその声に含まれた倍音は自身の制御を超え、荘厳さを感じさせるほど豊かに響いていたが、本曲においてはファルセットやポエトリーリーディング的語りなどを巧みに操り自らの歌の力をコントロールすることで見事に普遍性を付与している。
表現と消費は多種多様に分岐し、教科書に載るような“みんなのうた”は生まれにくくなった「平成」の終わり。私たちはその分岐の中で離れ離れになった。だからこそ様々な民族音楽を感じさせ、既存のシーンに留まっていないその音楽に普遍性を宿らせ、生まれ育ったその時代をアルバム・タイトルに掲げ歌うのだろう。離れ離れになった私たちが抱えたさみしさに、さよなら、と。「平成」の生んだ多様性に橋を架ける新しい“みんなのうた”。次の年号の教科書に載るのは、きっとこんな音楽だ。(高久大輝)
時代性のない音楽が最後の平成に現れる意義(Text by 三浦智文)
これは新しい音楽か、それとも古い音楽か。答えはどちらでもない。2018年、平成が終わるというときに、平成元年生まれの折坂が創り出した楽曲は、時代性という括りを取っ払ってしまった。
人は記録された媒体を通じて過去へと遡ろうとする。たとえば、30年前にフィルムカメラで撮られたノスタルジックな風合いの写真。ただ、それはあくまでも当時を再現しているものに過ぎない。その瞬間というのは、決して古ぼけて色褪せてはいない、いまとなんら変わらない色風景が確かにあったはずなのである。
「さびしさ」は、そんなまなざしに似ている。楽曲からは、カントリー以前の北欧の民族音楽の香りが強く漂ってくる。折坂はかつての音楽を、当時の人間と同じような視線で感じ取ろうとしている。ただ、彼はそれを、アナログチックなままではなく、デジタル化されたフィルターを通して、限りなく色鮮やかに表現しようとしている。
平成も佳境を迎えた頃、音楽はアーカイブ化、そしてグローバル化がなされた。それに伴い、ジャンルの優劣性も均衡化されていった。そんな時代だからこそ、折坂は新しさや古さという文脈ではない、時間軸を俯瞰するような楽曲を創り出したかったのではないだろうか。(三浦智文)
時代が明けるときに気づく(Text by 加藤孔紀)
ひとつの時代、平成が終わろうとしている。平成元年生まれのシンガー・ソングライター、折坂悠太のアルバム・タイトルは『平成』。その中の1曲「さびしさ」は今日まで繰り返されてきた時間、そして彼がいま見つめている時代について歌われているようだ。
ガット・ギターを中心に三拍子で演奏され、マンドリンが煌びやかにトリルの旋律を奏でると、そのリズムとフレーズの反復はどこか懐かしい気持ちにさせてくれ、アンサンブルはアイリッシュ・フォークの影響を感じさせる。
楽曲後半のポエトリー・リーディング的歌唱ではメロディが排除され、朗読される歌詞は五七のリズムに当てはまる短歌のよう。自身のバンド形態を合奏と呼ぶなど日本語に拘りがある彼ならではだ。
日本と海外、場所を問わず、そしていつの時代の音楽や文学も踏襲した「さびしさ」は彼が過ごしてきたひとつの時間を総括しているようだ。芸術の全てを語り継ぐことは難しい、時間の経過とともに忘れ去られてしまうことがある。だからこそ、どんな時代にも語り部がいてほしい。時代や国境を越えて表現する折坂はまるで語り部、そして歌詞の“風”には何かを託しているようだ。
楽曲冒頭に聞こえた鈴の音は楽曲が終わる頃にも聞こえ、ふと数分前の記憶を思い起こす。まさにそんな過去への気づきを期待しているのかもしれない。(加藤孔紀)
時代の狭間、私達のさびしさの正体は(Text by 井草七海)
平成が終わる瞬間、私達はどんな顔をするのだろう? 平成元年生まれのシンガー・ソングライター、折坂悠太が、平成最後の年に送り出すアルバム『平成』からのリード曲「さびしさ」は、そんなえも言われぬ感情を包みこむ。
実は、この曲はその“さびしさ”という感情の正体をはっきりとは明かしてくれない。代わりに、楽曲前半の語り手は未来を想像し、やがて過去として振り返られる“今”をまるで懐かしむかのように、まなざしを向ける。古き良き日本のフォーク歌謡さえ頭をよぎるようなメロディーも相まって、どこかホッとさせられるだろう。
だが、後半では一転、スポークン・ワード的にリリックがつぶやかれ、聴き手は唐突に放り出されてしまうのだ。そう考えると確かに、曲の骨格であるガット・ギターとマンドリンの音色にケルト民謡のような趣きを感じる一方、コンガの響きには南国情緒さえ感じてしまうこの曲は、全体を通してもどこか根無し草的である。
この先の時代がどうなっているかは、わからない。というか、私達はまだその名前すら知らないのだ。時代の狭間に突如として立たされた自分達の、過ぎていく日への慈しみと焦燥感──それを折坂悠太は、「さびしさ」と呼ぶのだろう。そして叫ぶ、“風よ / 吹いてくれ”と。そう、風よ、いまとやがて来る時代を吹き抜けて、それらがちゃんと一続きだということを私たちに教えてくれ。(井草七海)
五里霧中の時代を生きる“さびしさ"(Text by 青柳一也)
「ブルーズ」や「ジャズ」、「フォーク」といった言葉を聞いたとき、現代の人々はどんな反応をするだろう。「古い」「難しい」「よくわからない」様々な反応があるだろう。恐らくポジティヴな意見が少数派ということは予想できる。
だが、「さびしさ」という曲は、移り行く時代のなかで変化しつつある、そうしたブルーズやジャズ、フォークへのステレオタイプな印象に疑問を投げかけている。
本作は、フォーキーなメロディーにアコースティック・サウンドが包み込む。マンドリンやパーカッションで彩られる音は、ノスタルジックな気持ちになるが、どこか切ない。そんな儚げな印象の旋律だからこそ、力強い歌声が合わさることで、これからの時代を生きていく決意を一層強く感じる。
現在は、ブルーズやジャズ等のルーツ・ミュージックは決してマジョリティーとはいえない立ち位置にある。しかし、現代の人々が抱く価値観は予測不可能なまでに流動的なものだ。目まぐるしく変化する時代では、先の事などわからない。そんな浮き雲的な「さびしさ」を表出した楽曲。
「さびしさ」という奥ゆかしい印象のタイトルや歌詞とは裏腹に、マジョリティーへの徹底した抵抗を強く感じさせる曲だ。(青柳一也)
折坂悠太の過去作も配信中!
新→古
【過去の特集ページ】
・『ざわめき』特集 : 折坂悠太 × 井手健介 対談
https://ototoy.jp/feature/2018011705
・『なつのべ live recording H29.07.02』特集 : インタヴュー
https://ototoy.jp/feature/2017081005
PROFILE
折坂悠太
平成元年、鳥取生まれのシンガー・ソングライター。
幼少期をロシアやイランで過ごし、帰国後は千葉県に移る。2013 年よりギター弾き語りでライヴ活動を開始。
2014年、自主製作ミニ・アルバム『あけぼの』を発表。
2015年、レーベル〈のろしレコード〉の立ち上げに参加。
2016年には自主1stアルバム『たむけ』をリリース。その後は合奏(バンド)編成でのライヴも行う。
2017年8月18日には、合奏編成にて初のワンマン・ライヴとなる〈合奏わんまん〉を代官山 晴れたら空に豆まいてにて行い、チケットは完売。同日より合奏編成で録音した会場限定盤『なつのべ live recording H29.07.02』を販売開始する。
2018年1月17日、合奏編成による初のスタジオ作 EP『ざわめき』をリリースする。
2018年2月より半年かけて、全国23箇所で弾き語り投げ銭ツアーを敢行し話題を集め、〈FUJI ROCK FESTIVAL 2018〉、〈RISING SUN ROCK FESTIVAL 2018 in EZO〉、〈New Acoustic Camp〉など夏フェスにも多数出演することが決定する。そして、10月3日に最新作『平成』をリリースする。
独特の歌唱法にして、ブルーズ、民族音楽、ジャズなどにも通じたセンスを持ち合わせながら、それをポップスとして消化した 稀有なシンガー。その音楽性とライヴパフォーマンスから、宇多田ヒカル、ゴンチチ、後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)、伊集院光、小山田壮平(ex: andymori)、坂口恭平、寺尾紗穂らより賛辞を受ける。
【公式HP】
http://orisakayuta.jp
【公式ツイッター】
http://twitter.com/madon36
【受講生募集中】音楽ライター講座 2018年10月期

音楽評論家として活躍する岡村詩野のもと、音楽への造詣を深め「表現」の方法を学ぶ場、「岡村詩野音楽ライター講座」。ここにはプロのライターを目指す人から、ライティングの経験はないけれど音楽が好きで、表現の幅を広げたい! という人まで、幅広いバックグラウンドを持った参加者が集い、学び合っています。
毎年10月期のライター講座では恒例となっている「Year in Music」を、今年も共通テーマとして開催します! 2018年にリリースされた作品の中から、あなたが思うベスト・ディスクを選出し、原稿を執筆していきます。講師である岡村詩野による添削・指導によりライティングの力を高めるとともに、その作品の歴史的背景(縦のつながり)、また現在のシーンにおいてどういった立ち位置(横のつながり)にその作品があるのかを考察し、作品の理解を深めていきます。
さらに最終回にはゲスト講師として大和田俊之氏(慶應義塾大学教授)、渡辺志保氏(音楽ライター)の登壇が決定!! 講師の岡村詩野を司会進行として『2018年、アメリカの音楽はどう深化したのか~アメリカ音楽史の劇的な変化を現在のシーンに考察する』をテーマに、トーク・セッションで行っていきます。2018年の音楽シーンを語るに、これ以上ないお二方とのトークをぜひご期待ください!
岡村詩野音楽ライター講座 2018年10月期 詳細・お申し込みはこちら!
https://ototoy.jp/school/event/info/253