雪国が奏でる、余白の芸術──「Lemuria」の研ぎ澄まされたサウンドに迫る──【In search of lost night】
第11回:雪国 Interview

In search of lost night vol.11
第11回:雪国 Interview
アーティスト、DJ、オーガナイザー、クラブ・スタッフ、レーベル・オーナーへのインタビューや、ある一夜の出来事のレポートなどを更新していく連載【In search of lost night】。今回は、2025年1月15日に雪国主宰レーベルである”Pothos Records”よりリリースされた、雪国の1stEP「Lemuria」について。
先日ソールド・アウトのなか開催された〈WWW〉でのリリース・パーティには、君島大空×uamiなどのライヴアクトやtomo takashimaらリスニングに傾倒したDJが出演。細部にわたり、徹底的に世界観を作り上げ、「音」に向き合った、コンセプチュアルでディープなパーティとなった。今回は、リリース・パーティで「音」へのこだわりを見せた彼らに、1stEP「Lemuria」のサウンドにフォーカスを合わせた鼎談を実施した。
本記事では、雪国のギター・ヴォーカルでフロントマンの京英一と、雪国の儚い雰囲気の要となる、ドラムスの木幡徹己のふたりに加え、前作『pothos』に引き続き、今作のエンジニアリングを手がけたKensei Ogataを迎え、透明でありながらローファイな、「Lemuria」のサウンドに隠された秘密に迫った。
こだわり抜かれた一枚
鼎談:雪国(京英一、木幡徹己) x Kensei Ogata(レコーティング・エンジニア)

IDMやスロウコアをルーツに、冷ややかで透き通った、冬の空気のようなサウンドを奏でる3ピース・バンド、雪国。彼らは今、確固たる信念を持ち、昨今のオルタナティヴ・ロック・シーンでのマキシマリズムに反し、無駄を削ぎ落とした自分たちの音楽性に磨きをかけている。そして、昨年6月にリリースされ、インディ・シーンに大きな衝撃を与えた1stアルバム『pothos』に次ぐ今作「Lemuria」は、よりミニマルかつ緻密に作り上げられており、インタヴューをしていくなかで、今後の雪国にとって、そしてインディー・シーンにとって、象徴的な作品になるのではないかと感じた。
そして今回、「宅録感を出すために練習用の小型アンプで録音する。ローファイは出音から。」というポストを見た編集者が、理想の音を出すために一切の妥協を許さないストイックな姿勢に惹かれ、Kensei Ogataに鼎談をオファー。雪国の世界観と見事な融和をみせる、彼の音楽的哲学を掘り下げた。この記事を読めば、彼らのただならぬ覚悟を感じることができるはずだ。
取材・文:菅家拓真
撮影:岩崎眞宜
後戻りしなくていいくらい、狙って録りました
──1月15日に雪国の1stEP「Lemuria」がリリースされました。前作『pothos』から引き続き、Ogataさんがレコーディング、ミックス、マスタリングをしていますね。雪国とOgataさんの出会いについて訊かせてください。
京英一(以下、京):Ogataさんにメールしたのが始まりです。実は『pothos』の前に幻のEPがあったんですけど、その時にドラムとベースの録音をOgataさんにお願いしました。
Kensei Ogata(以下、Ogata):その時はリズム楽器を録るだけで、ミックスとかギター録りは自分たちでやると言っていて。だから僕はスタジオの手伝いだけする感じでした。
京:当時はできるだけ安く作ろうとして「宇宙ネコ子」や「17歳とベルリンの壁」が利用していた〈STUDIO CRUSOE〉でドラムとベースのレコーディングをOgataさんにお願いして、それ以外は自分たちで録りました。6曲くらい録ったんですけどうまくいかなくて、 “海を忘れて” のシングルしか出せなかった。ありがたいことにあのシングルは結構話題になったんですけど、同時に、レコーディングはお金と時間をかけないといけないなと思いました。
衝撃の1stフル・アルバム
──Ogataさんから見て、雪国の活動はどう映っていますか?
Ogata:自主性が凄いですよね。アルバムが出る前は怯えているようにも見えたんですけど、いざ完成したら自分たちでリリパを主催したりしていて。そういう姿勢があったからこそアルバムも完成したんだなと。
──MVも自分で作ったんですよね。
京:そうですね。自分で勉強して作りました。作曲者本人が作る方がイメージが伝わりやすいんじゃないかな。
木幡徹己(以下、木幡):たぶん、委託するより良くなってるよね。
──「Lemuria」の制作はいつ始まりましたか?
京:『pothos』の最後のレコーディングが2023年の12月だったんですけど、そのギリギリまで『pothos』の曲を作っていて。
木幡:一週間前とかまで作ってたよね。歌詞も前日にできるみたいな(笑)。
京:それで、レコーディングやアレンジでギターを触る時間が増えると自然と曲ができる。そこでできたのが “Blue Train” と “時間” です。だから『pothos』の制作の後半と並行して「Lemuria」の制作が進んでました。
──曲の構成がとてもシンプルだと思いました。デモの段階で、メロディのパターンや無駄なパートを削ぎ落としていくような過程はありましたか?
京:今回は最初から必要な構成が見えていたので、デモの段階からコンパクトでしたね。
木幡: 『pothos』の時はホワイトボードに曲の構成を書き出してから削ったりしたんですけど、「Lemuria」ではそういうプロセスは無くなったし、プラスしていく工程は全く無かったです。
──なるほど。Ogataさんは無駄を削ぎ落としていく雪国のスタイルを、エンジニアとしてプレッシャーに感じることはありますか?
Ogata:あります。音数が少ないとごまかしが効かないので怖いんですけど、今回は後から帳尻を合わせるみたいなことはしないと決めて挑みました。『pothos』も一応理想の音を狙って録ってはいたんですが、ミックスした音源を聴くと録り音からは乖離があって、帳尻を合わせてる音になってしまったなと。
京:今回の大事なところですよね。『pothos』の時はすり合わせも足りてなかったけど、後戻りできないっていう自覚も足りてなかったかも。
Ogata:録音した後にミックスで帳尻を合わせた後にできたのが『pothos』だとしたら、その音像を最初から狙って鳴らして録音しよう、というのが今回の「Lemuria」です。
木幡:『pothos』をリリースした後にサイゼリヤで決起集会をして、次はもっと考えて録音しようという話にまとまりました。Men I Trustみたいにドラムを極限までミュートして、プレーンな脱力した音を録っていけば理想の音にになるんじゃないかなって。
Ogata:Men I Trustの音を目指すならということで、ドラムの倍音を削りまくって、完全に狙い通りの音を作りました。
木幡:音色に対しての不満は一切なかったよね。
京:うん。俺はギターの音が最高すぎて勝ちを確信した(笑)。
Ogata:『pothos』の時は、リテイクのことを考えて録音段階では空間系のエフェクトをかけていなかったんですが、今回はエフェクトをかけながら録りました。後戻りはできないけど、もう戻らなくていいくらい確定してたので。
──かなりストイックにレコーディングに挑んだんですね。サウンド的なコンセプトも訊かせてください。
京:音像は主に(木幡)徹己が決めてます。
Ogata:そうだね。ミックスの時も徹己君が一番言ってくれる。
木幡:ドラマーがいうのも珍しいですよね。でも、ドラマーだからこそ客観的に聴けてるんじゃないかな。
Ogata:俺と京君でミックスしてると、2人ともギタリストだし、客観性がなくなる瞬間がある。そういう時に見てもらうとバンド全体の客観性が保たれる感じがするよね。
木幡:僕はマイ・ブラッディ・ヴァレンタインとかレディオヘッドとかを曲として見ることができなくて。ギターの尖った音やプレゼンス感を削りたくなってしまうんですよね。自分の音楽のルーツがUKなので、雪国としてはアンサンブルで抑揚をつけて、優しい尖り方をしたい。
京:オルタナティヴ・ロックが1を基準として1以上を出す音楽だとしたら、雪国は0と1の間で、1をピークにして抑揚をつける、というのを作曲段階から意識しています。